氷と雪だけでホテルを創る―。世界を仰天させたこの奇想天外なアイデアは、まさに現実となったおとぎ話です。毎年、アイスホテルの建材となる氷を生み出すトルネ川。そのほとりにある小さな村、ユッカスヤルビからこのおとぎ話は始まります。
ユングヴェ・ベリクヴィスト(Yngve Bergqvist)率いるユッカス社(Jukkas、現ICEHOTEL)は、1970年代よりユッカスヤルビにおいて観光業を営んでいました。何年にもわたり、同社は白夜の中で楽しむ夏期のアウトドアスポーツに注力していました。トルネ川が凍る暗い冬の間、ユッカスヤルビの人々は“冬眠”していたのです。
1980年代の終わりに、転機は訪れました。暗く、寒い冬を弱点ではなく、財産として考えることにしたのです。1990年、ユングヴェは日本人の氷の芸術家にインスピレーションを受け、凍結したトルネ川の上にアートの展示会場としてイグルー(氷や雪の塊をドーム状に積んで作るエスキモーの冬の住居)を建設。フランスのアーティストを招待して展示会を開催しました。
北極ホール(Arctic Hall)と名付けられた60平方メートルの建物には、国内外から多くの観光客が集まりました。そしてある夜、トナカイの皮と寝袋を装備した海外からのグループが、円柱形のイグルーに泊まることを思いつきました。この勇敢なグループは、イグルーで眠った人々として話題となり、ここにアイスホテルのコンセプトが誕生しました。

アイスホテル内のインテリア ©Peter Grant
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1993年、ユングヴェはラップランド出身の家具デザイナー、オーケ・ラーソン(Åke Larsson)と彫刻家のアルネ・ベリー(Arne Bergh)に、以降10年間ですべてが氷と雪でできた街を造る構想を語りました。創造力にあふれた芸術家たちは、すぐにこの壮大な計画を気に入りました。その後数年をかけて、オーケとアルネは他のアーティストと共に、雪や氷を使って自由に創作活動を続けました。材料の無駄を心配することなく、トルネ川からほぼ無限に取ることができる氷は、アーティストたちが試行錯誤するうえで最高の素材だったのです。

アイスホテルの中にあるアイスバー
©Peter Grant |
こうして1996年、最初のアイスホテルが完成。以降、春になると溶けてトルネ川へと還っていくアイスホテルは、毎年趣向を変えながら再建され続けています。また、ホテル内には2006年初頭に西麻布にもオープンした「Absolut Icebar」や、ラップランド料理を提供するレストラン、結婚式が挙げられるチャペル、1800人が収容できるイベントホールもあります。さらに、オーロラ観賞やスノーモービル、犬ぞり、鯨ウォッチングなど、宿泊者向けにさまざまなアクティビティをアレンジしています。
冬の間は眠っていたユッカスヤルビの村は現在、アイスホテルのオープン中(12月8日〜翌年4月30日まで)に数千人もの観光客が世界中から押し寄せる、スウェーデンで最も有名な観光地となりました。画期的なアイデアというものは、往々にして真似されるものですが、アイスホテルも例外ではありません。今では、似たような“アイスホテル”が世界中にあります。しかし、いずれも創意あふれるユッカスヤルビの芸術家たちにはかなわず、未だオリジナルを超えるものはありません。

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